半導体量子技術の開拓と量子コンピューターへの応用

Development of Semiconductor Quantum Technologies and Applications to Quantum Computer

 樽茶清悟氏は半導体量子技術の開拓と量子コンピューターへの応用におい て、世界的リーダーとしてこの分野を開拓し、その著しい成果で最先端研究 を牽引してきた。
 1980年代、半導体ナノ構造研究の機運が高まり量子力学を原理とするナノ サイエンスの研究が始まった。このような中、1990年代に樽茶氏は電荷・ スピン・軌道とその相互作用を電子l個の単位で制御できる人工原子(量子 ドット)を開発し、それまで予想もしていなかった数々の量子現象を捉え た。これは半導体ナノ構造中の電子の量子性を高精度に制御・観測する道を 拓くもので当該分野に新しい量子技術と将来展望を提供した。さらに樽茶氏 自身がこの展望を発展させ、現在に至るまで半導体量子コンピューターの研 究を先導してきた。
 樽茶氏の第一の業績は、人工原子・分子の開発とそれを用いた量子現象の 解明である。同氏は対称性が高く、1個単位で電子数を変えられる半導体人 工原子を開発し、そこに閉じ込められた電子の状態をあたかも元素周期表の ような規則に従って制御することに初めて成功した。この人工原子を用いて 自然界に存在する原子と類似の量子規則(例えば電子の詰まり方に関する殻 構造)など、通常の原子や分子では顕には見えない現象を次々と実証した。 さらに樽茶氏は固体物理の最高峰に数えられる近藤問題に挑戦し、新奇な近 藤効果を創出した。近藤効果は金属中の磁性不純物に起因する量子多体効果 であるが、これは物理学全般に現れる基本的な問題である。樽茶氏は、高い 内部対称性をもつ近藤効果の観測とその起源の解明、長年の未解決問題で あった近藤位相の実測など、半導体ナノ構造における量子多体効果の研究で 大きな成功を収めた。

 第二の業績は、人工原子の半導体量子コンピューターへの応用である。半 導体量子コンピューターは、既存の集積技術と親和性が良いことから世界 的に開発が加速している。樽茶氏は、人工原子中の電子スピンが量子計算の 基本単位(量子ビット)として優れていることに着目し、2000年代初頭より いち早くこの研究に着手した。半導体量子ビットは単一電子のスピン共鳴を 利用して操作するものである。研究の初期段階では微小コイルを用いたスピ ン共鳴が主に使われていたが、同氏はこの方法には限界があると考えスピン の操作法として微小磁石を用いる方法(微小磁石法)の有効性を実証した。 これを用いて作られた量子ビットは従来のものと比べ桁違いに優れた性能を 示し、今ではこの微小磁石法は当該研究分野で世界の主流になっている。樽 茶氏は、この微小磁石法を基に複数の量子演算を原理実証し、半導体量子コ ンピューターの有用性を世界に示した。より最近では、誤り耐性量子コン ピューターの必要条件である量子操作の高忠実度化を達成し、量子誤り訂正 にも成功した。また、これらの量子技術を用いて単一電子の量子コヒーレン スや量子もつれの制御・観測法、量子非破壊測定法を開発するなど当該分野 に新しい手法と知見を常に提供している。
 以上のように、半導体量子技術の分野を開拓し、その量子コンピューター への応用において最先端の研究を牽引してきた樽茶氏の業績は藤原賞に相応 しいものである。